チーム力を熟知したからこそ獲れた銀メダル――フェンシング男子フルーレ団体 太田雄貴選手

チーム力を熟知したからこそ獲れた銀メダル――フェンシング男子フルーレ団体 太田雄貴選手
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2012年のロンドンオリンピックにて銀メダルを獲得したフェンシング男子フルーレ団体チーム。勝てば銀メダル以上が確定する準決勝では、世界ランキング3位のドイツと対戦し、試合時間残り1秒で同点に追いつき、延長戦の末、勝利した試合でした。 ベストチーム・オブ・ザ・イヤー実行委員会では、五輪で活躍し、チーム力の大切さを教えてくれた各チームのチームワークを評価しました。数々のメダル獲得団体チームのなかから、男子フルーレ団体チームがメダルを獲得するまでのチームの話を太田雄貴さんに聞きました。

団体でメダルを獲る意味

太田選手03

太田選手は、北京五輪の個人戦で銀メダルを獲得した。今回のロンドン五輪では、団体戦での銀メダル獲得となった。「個人」「団体」の両方でメダルを獲得した太田選手が語る、団体戦でメダルを獲る意味とは?

「個人戦ではもちろん金メダルを目指して試合に挑んできました。しかしなかなか難しかった。そして、団体チームメンバー全員が、今回のロンドンでの個人戦ではメダル獲得までいきませんでした。個人戦がすべて終了してから団体戦が始まるまでは、中4日ありました。その間は毎日「団体戦でどう戦うか」と全員で何度もミーティングをしました」

「僕自身がメダリストだからこそ彼らに言えることが1つありました。それは、「メダリストになると人生が変わる」ということ。メダルを獲ると、メダルが無い人生が考えられなくなります。メダルを獲るのと獲らないのとでは、その後の環境すべてが大きく違ってきます。メダル獲得経験がない僕以外のメンバーには、“メダリストになって人生を変えよう”とミーティングで言い続けました」

「4人でメダルを獲ることで、一人で獲るより喜ぶ人が4倍、16倍に増えてくれるんですよね。その効果は計り知れません。フェンシングという競技をより認知・普及させるためにも、個人戦がダメだった今、団体戦でのメダルが必要という強い思いがありました。それはメンバー全員が同じ気持ちでした」

「実際メダルを獲ることで、僕の周りはもちろん、今回は特に千田選手の周囲の反響も大きかったです。千田選手が気仙沼出身ということもあって、そこにかかるプレッシャーはかなり大きかったのですが、日本に戻ってきてからは、自衛隊の協力のもと気仙沼で凱旋パレードを行うなど、本当に大きな反響がありました」

チーム結成からロンドン五輪までの2年間

太田選手02

実は日本チームは数年前から着実に力をつけていた。団体戦でも2007年にはワールドカップで優勝、2010年世界選手権では銅メダルを獲得。世界ランキングでも安定して上位をキープするチームだった。しかし北京五輪ではメダルを獲れる勢いのあった男子フルーレ団体は、種目そのものがなかった――。

「フェンシングは12種目の競技があって、オリンピックではそのうち10種目が行われます。北京では、男子フルーレ団体種目が削られました」

「ちょうどそのとき、日本チームは昇り調子で勢いが増していた時期でした。しかし今思えば、北京で団体戦に出ても、行けて4位くらいだったのではないかなと思います。世界レベルでいうとそのくらいだったというのが正直なところでした」

「個人で出場した北京五輪後も、僕たちは世界選手権など、あらゆるところで個人、団体の試合をしていました。オリンピックだけ出ているわけではないんですよ(笑)。 現在のチームになったのは、2010年の7月です。同年の10月に世界選手権があったので、その試合から初めてチームとして組みました。そしてそこでは銅メダルを獲得し、それ以降はこのメンバーが定着してきました」

「それからは、2年後に金メダルを獲るために僕たちに何が必要か、それを考え続けてきました。世界ランキング上位の中国やイタリアチームに勝つにはどうすればいいか、考え抜いて試合をこなしてきて、その時間軸の中で調子を整えてきた――この点が今回の団体戦の良かったところだと思っています」

「その中で僕自身はいろいろな役割をしてきました。ときにはコーチになったり、オレグ監督の指示の通訳をしたり、監督が熱くなるのを止める役割もしていました(笑)。健太(千田選手)は内に秘めるタイプだし、三宅は団体戦の経験が少ない、卓(淡路選手)に至っては若すぎて共通言語を作るところから始まるという感じでしたので、団体でメダルを獲るために自ら、そういった役割を買って出ました」

「団体でのメダル獲得がもたらす意味を一番感じていたのは自分だったと思います。各個人でメダルを目指すのはもちろんだけど、今後の僕たちや後輩たちのために団体でも獲れるように、世界選手権の勝負を経ながら、2年間みっちり練習を重ねてきました。誰と五輪に行っても、世界をアッといわせるような戦いを見せたい、団体戦で個人戦の北京のような感覚を味わいたいと強く思っていました」

普段のチームメンバーとのやりとり

試合以外でのチームの様子とは――。

フェンシング試合

「フェンシングの団体戦は、実際に戦うのは3名ですが、4名でエントリーして戦う競技なので、練習は8名一チームで行います。毎日練習して、遠征もその8名で周るので、ずっと一緒にいますね(笑)。各試合前に、その8名の中からメンバーが決まるのですが、怪我などが無い限り、今回の五輪での4名チームが常でした」

「しかし4名だけでメダルが取れるわけではなく、8名での協力体制が無いと取れません。そのため、僕はいつも「8名でのチームワーク」を気にしていました」

「普段は毎日会って練習しているので特段のやり取りをすることはあまりないのですが、練習後や休みの日などに、鍋やバーベキューをしたり、遊園地や花火を観にいったり、そういうことはしていましたね」

「練習や試合の時だけに会ってあとは別々で、というのはあんまり好きではない。コミュニケーションも取りづらいだろうし……。そういうのではなく、言いたいことを言い合える関係になりたいと思っていました。でもこれは意識的にというわけではなく、僕自身がみんなでワイワイするのが好きだから、という点もあると思います」

今後について

太田選手01

今回の五輪にて団体で銀メダルを獲得して以降、次に目指すチームの目標とは何なのか。

「チームは、現在のメンバーから変わっていくと思います。8名のなかに引退する選手もいますし、そのほかでも、続々と新しい選手も入ってきています。強いチームで居続けるのは、同じメンバーで居続けることではないと思っています。チームというのは、あくまで流動的であり、組織として強くなるために、下部組織を鍛えることも必要だと思いますし、エースが抜けても、2番手が抜けても必ずチームが成り立っていくことが必要だと思います」

「団体においては、戦力になる選手を多く育てつつ、強いチームを維持していくことが一番重要で、それが目標でもあります。日本でフェンシングを普及させていくためにもそれが必要です。今後も個人・団体での試合を通して、フェンシング人口を増やすことや、身体を動かすことの楽しさ、感動など、スポーツの価値を伝えていけることに少しでも貢献できたら、それが一番うれしいと思います」

チームワークのアウトプットである「メダル」が大きな影響を及ぼすオリンピックという場。そこを熟知していたチームだけが勝者になれる場でもある――。

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