「北陸」を旅行先の定番に──苦節26年、数万人がかかわった北陸新幹線開業のはるかな道のりと希望

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2015年3月14日、東京〜金沢間を約2時間半で結ぶ北陸新幹線が開業した。走行距離にして約450km。事業会社としてJR東日本、JR西日本の2社が手を組む初の整備新幹線となった。

北陸新幹線の歴史をひも解けば、1973年に成立した法律に基づいて、整備計画が策定されたことがそもそもの始まりである。
その後1998年の長野五輪に合わせ、1997年に一部区間である高崎〜長野間が先行開業し、段階的に整備が進められ、ついに金沢までの開業の日を迎えた。

多くの歳月と人の手をかけて、走り出した北陸新幹線は今、新たな人の流れを生みだしている。その背景にはどんなチームが支えていたのか。
実際にプロジェクトに携わった人びとの声を聞いた。

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全線を「徒歩」ですべてチェック

北陸新幹線のまさに動脈となる鉄道を敷く工事、そして各地の顔となる駅舎を建設したのは、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下、鉄道・運輸機構)だ。

沿線地域の事業説明会から始まり、用地買収、各種工事などを一手に引き受け、各事業者と協議しながら、着実に軌道を敷設してきた。

30年近くに渡る期間、当然それぞれの社内でも担当者の異動がある。

そんな中で、鉄道・運輸機構、及びJR東日本、JR西日本双方の土木、軌道、建築、機械、電気、そして運転など各分野の担当者が意見をすり合わせ、より安全に、よりスピーディに輸送を行うために鉄道構造物をどう建設していくか、詳細な調整を行い、順次工事を行っていった。

橋やトンネルなどの鉄道構造物や鉄道施設が完成し、工事が全て終わった後にも重要な作業が続く。

その後、国による完成検査、訓練運転、試乗会を経て、3月14日の開業の日を迎えることとなる。

地元自治体の意見を生かした駅舎を建設

一方、乗客を迎える駅舎建設には、地元自治体からの意見が反映された。

現在の駅舎は、2009年以降に設計・建設されたものがほとんどだ。

地元自治体の検討委員会などで挙がったデザインコンセプトに基づき、機構からも複数のデザイン案を提出。それぞれの自治体の決定を経て、個性豊かな駅舎が完成した。

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ホームドアの色分けにもまた、それぞれの駅にちなんだ色彩が使われている。

例えば金沢駅には、加賀五彩といわれる伝統色のうち4色があしらわれ、先頭部が藍色の新幹線車両がホームに停車することで、その五彩すべてが揃うのだという。

より速く、より効率的にという新幹線のイメージとは裏腹に、その細部までローカライズされた駅舎は、行き交う人びとの旅情を誘っている。

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事業会社のノウハウを結集して新型車両を開発

事業会社であるJR東日本、JR西日本が開通プロジェクトをスタートさせたのは2007年。長野〜金沢間全区間の工事認可が下り、本格的に開業へと動き出してからだった。

DSC_1170_.jpgJR東日本 運輸車両部 鈴木 均氏


車両開発に関しては2011年からワークグループを本格化していった。

JR東日本が運営する東北新幹線は比較的 "観光客" が多い路線、JR西日本が運営する山陽新幹線は "ビジネス客" が多い路線と、それぞれ性質の異なる新幹線ということもあり、車両の開発にあたっては、改めてコンセプトを明確化する必要があった。

車両開発においてポイントとなったのは、JR東日本が東北や上越、長野新幹線で培ってきた雪国や難所での高速車両のノウハウだった。

DSC_1134_.jpgJR東日本 運輸車両部 渡辺 清正氏

パズルを組み立てるように困難を極めるダイヤ改正

一方、運行ダイヤもJR東日本、JR西日本両社による綿密な協議によって策定された。

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北陸新幹線の開業から半年の時点で、長野〜金沢間の乗降客数はそれまでの約3倍となる約420万人を記録し、その混雑ぶりから増発を求める声も多く寄せられている。

JR東日本にとっては初となるJR他社との共同事業だったが、本来なら営業区間外となる金沢に、営業部の管轄下の組織として「北陸営業センター」を開設。北陸新幹線開業を機に得た確かな手応えをもとに、来年、2016年の北海道新幹線開業を迎えようとしている。

組織改編とさよならとオープンと

大きな人の流れを生みだした北陸新幹線だが、それを迎え入れる側の体制はどうだったのだろうか。

上越妙高〜金沢間を管轄し、北陸エリアを運営するJR西日本では、今回の開業にあたり、大きく組織体制の変更を行った。

IMG_2513.jpgJR西日本 金沢支社長 野中 雅志氏


新幹線のにぎわいが周辺地域へと波及

金沢支社では「ガールズJRホクリク」メンバーが北陸の旅をプロデュースしている。

地元の酒蔵や、おいしい日本酒が飲めるお店を紹介する「北陸の酒蔵巡り」といったコンテンツを展開し、関連パンフレットを配布する独自のプロジェクトを立ち上げた。

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IMG_2574.jpg「ガールズJRホクリク」メンバーのJR西日本 金沢支社の松岡 奈穂さん(左)と、野崎 史恵さん(右)。それぞれ普段は、経理、人事に従事しながら「ガールズJRホクリク」の企画も行っている。

2つの観光列車「花嫁のれん」と「ベル・モンターニュ・エ・メール(べるもんた)」は、いずれも伝統工芸を随所にあしらった特徴ある列車だ。「花嫁のれん」では高級旅館・加賀屋監修の接客を行うなど、北陸沿線では今までになかったサービスが注目を集めている。

想定していた首都圏からの観光客のみならず、沿線の埼玉や長野、はたまた東北方面からも金沢を訪れる人が増えているという。北陸新幹線の開業によって、多くの人の脳裏に「北陸」が刻まれたことは、疑いの余地がないようだ。

1989年11月、高崎〜軽井沢間の工事着手から26年余、関わった人びとの数は数千、数万にも及ぶ。その一人ひとりの仕事の延長線上に、この北陸新幹線を取り巻く熱気と活況が生まれた。そして今、2023年の金沢〜敦賀間延伸に向けて、またそれぞれのチームが動き出している。


(執筆:大矢幸世+プレスラボ/撮影:尾木司、野水克也)

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