オタクカルチャー発信源「Tokyo Otaku Mode」に13,000,000いいね!――「やりたい」を追求、シリコンバレーも世界も巻き込めた

オタクカルチャー発信源「Tokyo Otaku Mode」に1300万いいね!――「やりたい」を追求、シリコンバレーも世界も巻き込めた
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日本のオタクコンテンツを翻訳し、Facebookを使って海外にコツコツと発信し続けた。そのページは今や1300万いいね!を超え、日本人が立ち上げたページとしては有数の支持を集めています。

このプロジェクト「Tokyo Otaku Mode」(以下、TOM)は、米シリコンバレーの有名ベンチャーキャピタル「500 startups」の投資先として選ばれ、伊藤穣一さんを始めとするインターネット業界の重鎮がTOMを支援。日本初の取り組みとして、成功を収めつつあります。

TOMを象徴するのは「すぐに!」という圧倒的なスピード感と、周囲の人をチームに呼び込む巻き込み力。「英語もまったく話せなかった」というメンバーが成し遂げた世界成功の一歩とは? CEOの亀井智英さん、COOの安宅基さん、CTOの関根雅史さんに、ベストチーム・オブ・ザ・イヤーがプロジェクトストーリーをたっぷりと伺いました。


立ち上げ期:“とりあえず”やってみよう。面白そうだし、お金もかからないし

亀井:2011年3月にFacebookページを公開しました。そこから紆余曲折はありつつも、ここまで成長してきました。

Tokyo Otaku ModeのFacebook

亀井:僕はネット広告代理店にいて、出向が長く、デジタルガレージや電通でも働いていました。今、出向というと『半沢直樹』の影響でイメージが悪いですけど、仕事は面白くて(笑)。

“海外ビジネス”を初めて意識したのは、デジタルガレージにいた時。現MITメディアラボ所長でニューヨーク・タイムズ社外取締役の伊藤穣一(ジョーイ)さんがつくった会社で、海外から来るいろんな人と接するうちに、なんとなく海外も面白そうだなと思い始めて。

そこで3~4年前から、自腹で勝手に海外の企業視察に出かけていました。なぜかシリコンバレーではなく、中国やアジアを中心に。その際、露店で日本のアニメやマンガのコピーが安く売られているのを頻繁に目にしました。

日本のコンテンツを楽しむ人が非常に多く、マーケットも大きい。人口減で日本市場が縮小する中、海外に情報を発信して、うまくお金が流れる仕組みを作れないだろうか。そう考えて立ち上げたのがTOMです。

Tokyo Otaku Modeを立ち上げた亀井智英さん。サイバー・コミュニケーションズからNTTアド、デジタルガレージ、電通で働いた

亀井:ちょっと昔話ですが、前職で2010年に日本進出したFacebookのプロモーションを担当していました。Facebookマーケティングを日本企業に提案していたのですが、実は反応は今ひとつで......。

じゃあ自分でFacebookページを立ち上げて、日本のコンテンツを紹介する実験をしてみようと思ったんです。2010年の10月ごろから、友人知人に「一緒にやってみない?」と言ってメンバーを集め始めました。その1人が安宅です。

安宅:面白そうだしお金もかからないので、とりあえずやってみたらと(笑)。

安宅:僕は「Q&Aなう」というQ&Aサービスの会社を立ち上げていました。亀井とは飲みの席で意気投合し、しょっちゅう飲んでいました。酔っぱらっては家に帰れなくなって、月に何度も亀井の家に泊まっていましたね(笑)

亀井:人と知り合うのが好きで、いろんな飲み会に顔を出していたので、友達が結構たくさんできて。TOM創設メンバーは全員、飲み友達ですね(笑)

関根:僕はもう少し後で、2012年3月末です。米ベンチャーキャピタル「500 Startups」からTOMが投資を受けることになり、シリコンバレーに行くタイミングで加わりました。

関根さん。比較.comやSBI Roboを経て、当時は「yubitter」というTwitterクライアントサービスを開発し、独立起業していた


安宅:500 Startupsの育成プログラムに参加する際、TOMには専任の技術担当者がいなくて。そこで昔から知っていて、一番信頼するエンジニアだった関根に加わってもらいました。

亀井:一緒に500 Startupsがあるシリコンバレーに行くまで、僕は関根とは2回しか会ったことがなくて。「一緒にアメリカに行かない?」と誘った2回目が、初めてちゃんと話をした時だよね(笑)。

チーム作り期:最初は仕事後にサイゼリア集合、重鎮を巻き込み、合宿で深める

亀井:最初は本当に趣味の延長、サークルみたいなノリでしたね。10人くらいのメンバーみんな本業を持っていたので、平日夜と土日にサイゼリア集合ですよ(笑)。

安宅:僕もその頃は本業以外に幾つかのプロジェクトに顔を出していて。そのうちの1つでしたね。

亀井:面識があったネットエイジの西川潔さん(日本のネット関連インキュベーターの草分け的存在)の事務所に集合して、西川さんや知人の方を巻き込んでブレストをしていました。それが段々とチームの形になっていきましたね。

西川さんにTOMの相談を持ちかけたら、「面白いね、応援するよ」となって。それが始まりだった気がします。

亀井:いやいや全然。最初の1ヶ月で1000人ぐらいしか集まりませんでした。

安宅:亀井と「半年で10万人いかなかったらやめよう」と話していたんですよ。見込みがないプロジェクトをダラダラ続けても仕方がないから。それなのに1ヶ月で1000人ですよ。ぶっちゃけ「終わったな」と思いましたね。

亀井:GWに合宿をしたんです。この時は知り合いの小澤隆生さん(ヤフー 執行役員)の別荘を借りて、これからTOMをどうするかみんなでもう1回考えようと。

安宅:みんな本業があるので、TOMになかなか時間が割けなくて。Facebookへの投稿も亀井さんがほぼ1人でやっていたし。とにかく全員がTOMだけにどっぷり浸る時間が必要だと思っていました。

安宅さん。リアルタイムQ&Aサービス「Q&Aなう」の開発・運営経験があり、飲みつながりからTokyo Otaku Modeにジョイン

亀井:この合宿がとてもよかったですね。「ニュースだけじゃなく、もっと違った形のコンテンツを発信したほうがいいんじゃないか?」とか、「オリジナルのFacebookアプリを開発してみては?」など、TOMを良くするためのアイデアがどんどん出てきた。

安宅:何より一体感が高まったよね。亀井がハブになって集まったメンバーだったので、お互いのことをよく知らなかったのが、合宿ですっかり仲良くなって。

亀井:TOMは何のためにあるのか、何をすべきなのか、というミッションやビジョンを改めて共有し、目標設定ができたのも大きかったですね。1つの「チーム」という感じになりました。

亀井:やれることは全部やりました。ニュースに加え、コスプレやイベントの写真を投稿したり、「何百万いいね!」があった人気アニメやマンガのFacebookページに書き込んだりしていました。

イベントページ「映画公開日を勝手に喜ぶ会」を立てたのが一番効果的だったかな。『NARUTO』や『ONE PIECE』が映画化されると、世界で最初に日本で公開されるんですよね。そこで作品ごとにファン同士が交流できるFacebookイベントをTOMで作りました。

たくさんのファンがいる別のFacebookページに、イベントのことをコツコツと書き込んでいたら、ある時、それが人気ページでシェアされて。一気に1万人以上がTOMのFacebookページに流入してきた。

安宅:「キター!!」と思いましたね。それからはトントン拍子にファンが増えていきました。

転機:500Startupsの無茶ぶりにも「すぐ」シリコンバレーへ。このスピード、止められない

亀井:2012年2月にシリコンバレーに企業視察に行った時ですね。当時TOMのFacebookには350万人のファンがいて、ネット業界での知名度も上がっていました。「投資をしたい」「会社にしないの?」といった声がかかり始める中、シリコンバレーで出会った投資家がTOMに興味を持ってくれて、面白いところがあるからと500 startupsを紹介してくれたんです。

そこからすぐですよ。よくわからないまま500 startupsのオフィスに飛んで、居合わせたスタッフにTOMを説明して帰国しました。翌週、代表のデイブ・マクルーアが偶然日本に来ることになったので、待ち合わせて。

渋谷のバーで待ち合わせしたのですが、店が混んでいたので、駐車場で3分ぐらいプレゼンをした後、すぐにデイブが「投資するからすぐにアメリカのプログラムに参加しろ」って。「会社の都合もあるから7月からかな」と答えたら、「何を言っているんだ、3月から来い!」と怒られて(笑)

亀井:正直迷っていましたね。起業に興味はありつつも、会社の仕事も面白かったし。ただ、チャンスだったので3月末で退職し、500 startupsに参加すると決めました。

関根:個人で運営していたTwitterクライアントサービスの「yubitter」が軌道に乗っていたので、何か新しい挑戦がしたいなと思っていたところ、「一緒にシリコンバレーに行かないか?」とTOMに誘われました。500 startupsに日本の会社が選ばれるのはめったにないことなので、即決しました。

シリコンバレーに視察に行った5人のメンバーは、1つの家で共同生活をした。英語がしゃべれないのに、外国人主催のパーティーに積極的に顔を出したり、メンバーと語り合ったり。濃密な集団生活を送る中で、チーム力を高めていった

亀井:メンターと呼ぶ150人くらいの指導役が、入れ替わり立ち替わりアドバイスをくれるんです。その際、「どうしたらいいですか?」と聞くのはダメ。「こうしたいけどどう思う?」と自分たちなりの考えを持った上で相談しないと答えが返ってきません。とても勉強になりましたね。

関根:「Facebookページだけではリスクが大きいよ」というアドバイスが印象に残っています。万一Facebookの方針が変わったら、サービスが提供できなくなることもあり得る。大急ぎでTOMのWebサイトを作りましたね。

亀井:はい。向こうに行ってすぐ立ち上げました。TOMの読者は海外の人なので、海外に会社を置いたほうがいいかなと。今も日本オフィスは「支店」の位置づけです。

亀井:意識が変わったのは、アメリカに行って24時間、TOMのことだけを考えて運営し始めてからですね。これまでは会社勤めの傍らやっていたので、TOMを「もうやめよう」となっても特に困らない状況だった。そう言う意味で、本気度が変わりましたね(笑)。

亀井:止められない何かの背中に乗ってしまったみたいで。自分でも「なんなんだ、このスピードは?」と思っていました。行けるところまでこのスピードで行ってみようと。

安宅:今振り返ると、ちょっと怖いなと思ったりもしますけどね(笑)

日本発、オタクカルチャーの発信源に

総括:「すぐに動く、巻き込む」。バットを振らないと何も起こらない

亀井:伊藤穣一さんもTOMのアドバイザーです。500 startupsに参加した際、アメリカでは全く人脈がなく、相談できる人がいなくて、かつ想像以上に人脈社会ということがわかって。

マズイ......と思った時に「あ、ジョーイさんがいるじゃん」と。メールを出したら、お会いできることに。すぐにボストンに飛んで「TOMの人脈のハブになってください」とお願いしたら、即決・快諾してもらえました。

亀井:小澤さんとは年に1回会うか会わないかくらいの関係でしたが、合宿の場所を決める時に「小澤さんの別荘を貸してくれないかな?」と思い立ち、すぐにメールを送って。

「面白いことやっているね」って快く貸してくれました。当時はまだ関係が薄かったので、ダメもとだったんですが、僕らのやっていることを応援してくれて。

亀井:最初から「無理」と思わずに、“とりあえずバッターボックスに立って、バットを振ってみる”ことですよね。これは何をするにしても同じこと。そういう感じじゃないと、TOMはできなかったと思います。まあ、ジョーイさんは僕がデジタルガレージにいたことを覚えてくれていただけかもしれませんが(笑)

圧倒的なスピード感と巻き込み力で成功したTokyo Otaku Modeのプロジェクトのチーム作りの秘訣とは? 後編『「なんでこの人が自分より上なの?」って葛藤、イヤじゃないですか――あえて失敗しながら深めたTokyo Otaku Modeのユルめチーム観』に続きます。

(取材・執筆:荒濱一/撮影:橋本直己/企画・編集:藤村能光)

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