「自分よりすごい人」がチームにいることが重要 ──水鳥寿思が語る体操男子団体の常識を破るためのチーム作り

「自分よりすごい人」がチームにいることが重要 ──水鳥寿思が語る体操男子団体の常識を破るためのチーム作り
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今年8月5日に開幕するリオデジャネイロオリンピック。体操日本男子代表は、昨年10月に開かれた世界選手権で見事優勝を果たし、リオ五輪への出場切符を手に入れています。

日本の絶対的エース内村航平選手は、日本選手権帰国後の記者発表会において、「狙うのは団体の金しかない」と意気込みを見せていましたが、個人競技のイメージが強い体操において、団体戦はどのような意味を持つのでしょうか?

自身もアテネオリンピックの団体戦で金メダルを受賞した経歴を持ち、2013年4月からリオデジャネイロ五輪男子強化本部長を務める水鳥寿思さんに、代表チームへかける想いを伺いました。

“まずは団体で”の理由とは?

6月4日です。リオ五輪の2ヶ月ほど前ですね。

いえ、今回は特別に短いです。去年の世界選手権も6月に決まりましたが、試合は10月の下旬だったので、今年は全然時間がありません。

そうです。普段からナショナルチームとして練習しているわけではなく、いろんな所属から集まってできているチームなんですよ。

体操選手の感覚としては、自分が個人として活躍する以前に、チームに貢献したいとみんな強く思っています。

それは大会のプログラムの順番もあるかと思います。団体が先で個人が後にあるので、「まずは団体でしっかりやろう」という共通認識ができあがっている。

あとは、日本人の気質というか、団体のことをしっかりやらずに、個人のことを優先してやることは許されないという想いは、それぞれ程度の差はあれ持っているのではないでしょうか。

みんなが口を揃えて団体を強調するのは、そうした背景があると思います。

世界選手権も団体が先です。これが本当に難しいところなんですが、実は団体戦のメンバー選定は、個人の大会の成績で決めています。

毎年選考基準の見直しは行っていますが、今のルールでは全日本選手権の個人総合や種目別からメンバーを決めることになっていて。体操は6種目ありますので、個人の総合力を重視するのか、種目に特化した選手を重視するのか、というのは議論になるところですね。

頻繁なルール改正によって見直される代表選考基準

体操競技はルールが頻繁に変わるんです。僕が出場したアテネ五輪の2年前までは、“団体選手6人全員が演技※をして、そのうちの上位5得点で戦う”という形式だったのですが、アテネ五輪・北京五輪からは6人中3人が演技をする形になったので、苦手な種目があったとしても、得意な種目に特化した選手がいた方がいいというように流れが変わってきました。

これがさらにロンドン五輪ではチーム人数が5人となり、うち演技をする人数が3人になったので、6人全員よりは負担は軽いですが、6人中3人のときよりは満遍なくできないと穴が開いてしまう。また、2020年の東京五輪では、チーム人数が4人になることが決まっています。

こうしたルール改正の中でどう戦っていくのか考えなければならないので、その時々で日本のチーム力を見ながら、選考基準を毎年見直している状況です。

※演技:ゆか・あん馬・つり輪・跳馬・平行棒・鉄棒の6種を一通りこなすこと

10年前までは6人全員が演技をする必要があったので、基本的に代表メンバーは個人総合の上位から順に選考するのが一般的でしたが、それが半分でよくなったことによって、種目別を強くしていかないとダメだという流れが生まれました。

ただ、日本はそこに対するシフトが遅れていた部分があったんですね。

“6種目すべてできてこそ、体操だ”という伝統的な価値観があって。

それがやっと最近、種目の強化をしていかなければならないという認識が深まり、その象徴的な選手として世界選手権の団体戦メンバーに選ばれたのが、白井健三選手です。逆に、ロンドン五輪以前の2012年までのルールでは、彼が選ばれることは確実にありませんでした。

そうですね。ゆかのスペシャリストであり最年少の白井が入った影響は大きいと思います。萱や亀山などのスペシャリストが出てきたように、日本にもそういう新たな道ができてきた。今、チームのバランスが良くなってきている要因のひとつだと思います。

afroMV.jpg直近(2015.11時点)の団体チーム。左から、内村航平、田中佑典、加藤凌平、白井健三、萱和磨、早坂尚人、山室光史

常識を覆すことがチームの強化につながる

はい。白井が入る前は内村がチームを引っ張ってきていたのですが、内村が圧倒的にすごすぎて、周りがどうしても“内村は特別”という目で見てしまう。内村が背中で見せてくれても、ついていける選手が多くはありませんでした。

そこへ白井が入ってきたことで、“航平さん(内村選手)とは差があるけど、自分たちと同世代の選手である白井がそこまで行けるんだったら、自分たちも負けられない”という気持ちがチーム内に広がってきた。すごくバランスが良くなってきたし、内村についていこうとする空気が生まれ、チームの強みになっていると思います。

こうでないといけないという形はないと思います。今までずっと勝ってきた中国と、前回勝った僕らのチームは全然似ていないし。中国は僕のような立場の人間がナショナルトップの選手を招集するので、“強制”とか“統制”といったチーム作りの強さがあると思うのですが、日本は真逆というか、かなり自由度が高いです。

それが甘えにつながって失敗につながると言われたりすることもあるのですが、日本の強さは、そういう自由が与えられた中でも、キャプテンについていこうと選手同士で切磋琢磨するところじゃないかと思っています。自分よりすごいキャプテンがいることで、常識の感覚が広がるんですよね。

体操は“いかに自分の常識を覆していけるのか”という考え方が欠かせない競技なので、そうした感覚をつかめるチームであることは、非常に重要だと思っています。

少なくとも、僕がアテネ五輪に行ったときからはそうでしたね。

米田キャプテンが自ら進んで、あえて厳しいタイミングで練習をしたり、「なぜそこでやらないんだ」と僕らに指摘したり。言ったからには自分がやらなきゃいけないということで、その姿を実際に見せてくれたりして「米田さんがやるなら、自分たちもやらなければ」と、選手間で盛り上げていけたことが、すごく良かったです。

そうですね。ゆくゆくは、こちらが何も声をかけることがないくらい、自分たちの中で高め合うことができるようになるといいと思っています。
“あいつは特別だ”と引いて見るのではなく、“自分もそこに挑戦したい”と思えるところまでは上がってきていると思うので、理想のチームに近づいていると思います。

DSC_2768.JPG

団体だからこそのプレッシャーに打ち克つために

自分が選手のときもそうだったのですが、やはりもともとが個人競技なので、団体慣れしていないというか、団体戦の方が緊張するんですよ。個人戦は最悪失敗しても自分が悔しいだけだけど、団体戦だと周りに迷惑をかけてしまうので、緊張感が全く違います。

特に今は6人中3人しか演技ができませんし、減点も僕らのときは0.5だったのが、今は1.0まで上がっている。さらに技の難易度も上がっているので、自分のミスひとつでメダルが取れなくなるかもしれないという緊張感やプレッシャーが、すごく大きいんですよね。

去年の世界選手権も、勝ったとはいえ、決勝で最後にミスが出たのは、プレッシャーの中での練習が積めきれていなかったからだと反省しています。

そうですね。去年の世界選手権のときも長谷川智将選手が怪我で出られないことになって、補欠の早坂尚人選手と交代することになったのですが、プレッシャーからか、早坂が予選で得意のゆかで失敗してしまって。そのとき早坂は決勝にあたって、技の難度を下げようとしたんですね。

僕からしたら、彼はそれまで国内の大会で今シーズン1度もミスをしていなかったので、自信を持ってやればいいと思うんですけど、本人的には“チームに迷惑をかけたくない”と思ったのだと思います。

彼には「もしミスしても、こっちでやれと言われたからミスしたということにすればいいから、自信を持ってやればいいんじゃないの」と声をかけました。そうした声がけも含め、演技の内容とか技の順番といった采配が僕らにできる限られたことだと思っています。選手はミスしたくないという思いが強く、どうしても今までできた技を抜いたりして消極的になってしまいがちになる場合があります。

はい。なので、今年からは代表メンバーのほかに候補選手も同時に招集して、最後の最後まで競ってもらえるように、選考方法を変えました。

体操は試合で得点として数字が出てしまうので、代表メンバーに選ばれることは、“自分が勝ち取った権利”という意識が、選手の中ですごく強いんです。だから、怪我をしていて明らかにこっちの選手が出た方がチームの得点が上がるだろうと思っても、すでに決まったメンバーを覆すことは、容易なことではありませんでした。

しかし、それで本当に勝てるのかという議論の中で、今回については、一応メンバーは決まるけど、候補選手をとって、あまりにも調子が悪ければ交代の可能性もあるということを含んだ選考基準にしていますので、そうした中でベストを作っていけたらなと思っています。

体操ニッポン強さの秘密

日本の体操の強みは、まずジュニアにあると思っています。基本的には民間クラブの集まりではあるんですけど、自分たちの教え子がオリンピック選手になることを夢見て、所属に関係なく強化合宿や講習会を実施して、自分の素晴らしいスキルを分け隔てなく指導しているんですよね。子どものうちからそういう蓄積ができる土壌がしっかり整っているというのは、海外のほかの国にはあまり見られないようなシステムだと思います。

加えて、選手育成のために、ナショナル選手とジュニア選手が共存するような合宿をしたり、種目別トライアルという形でジュニアの選手が上の試合に出られるような試合を準備したりして、早い段階で上と競争できるようなシステム作りを進めています。こうした基盤を強化していくこと、そして、現在先頭に立つ選手がとても自立していることにも助けられて、コンスタントに選手を輩出する原動力になっているのかもしれません。

個人的にこの先の課題は、パイを広げることです。今は限られた6000人〜7000人の選手たちがいい環境で体操をできているのですが、この裾野をもっと広げていかないと、コンスタントに有力な選手を輩出し続けて生き残っていけないと思うので、エリートを強化するシステムだけでなく、もっと一般の子どもたちが体操に触れる機会を増やしていかないといけないと思っています。

(取材:2016年3月/執筆:野本纏花/撮影:尾木司)

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